*「
アド街」でお花茶屋が紹介されてました。立石・青戸はセットだったのに、単体で、しかも番組600回記念(笑)。知ってる店ばっかりだし、同級生の店とか出てるし、京成線の田園調布とかありえないし、さすがの山田五郎さんもコメントすることないし、なぎらさん新宿(にいじゅく)だから区内でも全然遠いし。でもどんな場所もテレビで見るとそれなりに見えるんだなあ。。
*相変わらず「葛飾区=下町、人情の町」のように紹介されることが多いですが、最近『東京の都市計画』(岩波新書)や『郊外の社会学』(ちくま新書)といった本を読んでいたら、「郊外」として葛飾を考えることのほうが、この街の風景や風景を成す「層」を読み解く上で大事なんじゃないかという気がしてきました。23区を「郊外」というと、すこししっくりこないかもしれないけど、『郊外の社会学』にはつくばエクスプレス沿線の南千住や北千住も古くからの「青い郊外」(ブルーカラー人口の多い、東京東部)として書かれているし、やっぱりそろそろ幻想の「下町葛飾」はもういいから、もっとアクチュアルな「郊外葛飾」を考えるべきなんじゃないかと思ったりします(『郊外の社会学』の著者が今住んでいる「郊外」、千葉県流山市江戸川台は、ぼくが生まれて最初に数カ月間だけ住んでいた町でもあるので余計、そこで語られる「郊外」論は自分の歴史にも身体にも馴染んだもののように感じます。ついでにいえばあの辺りは東「葛飾」でもあるし)。
*もともとこの辺は東京市近郊の農村地帯で、関東大震災や戦災で東京都心部(下町)から多くの人が移り住んで宅地化してきたのだから、東京市の時代から続く歴史ある「東京郊外」のはずです。23区といったって、旧東京市だった中心部以外は、みんなもともと(そして場所によっては今も)「郊外」です。そうやって見ると、今あるこの街の姿も、「郊外」として広がってきたその時間の重なりや、広い空から想像できる農村地帯としての(南葛飾郡としての)葛飾の歴史が、同じ風景のなかにいくつも層を成しているのが見えてきます。
*去年かおととしあたりにできた、
駅前の広場です(googlemapではまだ駐車場)。遊具などはほとんどなくて、珍しく純粋な「広場」。その脇を通る道には、かつて水上交通路として利用されていた曳船川があり、今は親水公園になっています(駅付近は中断されていますが)。下町にこの空の広さはありえないです。田んぼだらけだったころと、空の広さだけは変わっていないような。白いステージは、謎です。
*団地(写真上、中央奥と右側)と、きれいなお家&比較的新しいマンション(同下)。この辺で見る、典型的な住宅の様子です。よく見ると団地にも建物の時間の経過から、古い団地と新しい団地があることがわかります。いつからあるのかわからないようなこ汚い家が壊されたあとに建つのは、大抵下の写真のような、きれいなお家です。
*葛西城址公園。その名前に、この場所の「歴史」が保存されています。あくまで名前だけ。
*いつもロケハンで漫然と歩いている街も、「郊外」的な風景としてとらえてみると、いくつもの「地層」がそこに見えてきておもしろいです。この「地層」は今も少しずつ形を変えながら、新たな層を加えながら、この街の風景を形作っています。「お花茶屋」、「葛飾」を、似非の「下町」イメージにたよらず、いち住民(ニューカマー)として自分なりに捉え直すことで、この街を出発点としてそこからもっと今を広く考えることができるものを描きたいと思って、街の写真を撮りながら、そこに現れる風景に刺激されて
ちょっとずつちょっとずつ描いているのですが、こうして「歴史」と「新しい、なにもない」との間にあるさまざまな「層」を見ることで、街の今の姿をよりそのままのものとして、そのままに考えることができるようになるんじゃないかと思っています。こんな感じこんな感じ、っていうか。見れば見るほどいろんな「層」が(きっとどこの郊外にも)あって、歩けば歩くほど街は面白いです。
*今晩、雪が降りました。すぐにみぞれに変わって、またすぐ雨に変わっちゃったけど、ほんと一瞬、けっこう大粒の雪が降ってきれいでした。